我が家には年長の双子の男の子がいます。
ある日、幼稚園へお迎えへ行くと先生がこんな出来事があったと教えてくれました。長男が、「今日は泥やらないで、ほかのことしようよ」と次男を誘ったそうです。泥遊びも大好きですが工作やお絵描きも好きな長男は、その日は室内で遊びたかったようです。すると次男は、「えー、泥しないと自信がなくなる」と答えたのだとか。どういうことだろうと本人に聞いてみると、「泥をすると自信ができる」とのこと。思わず笑ってしまいましたが、考えてみると、次男にとって泥遊びは、ただ「好きな遊び」というだけではないのかもしれません。

我が家の双子は、よちよち歩きを始めた頃から外遊びが大好きでした。というより、外に連れ出してベビーカーから降ろすと、途端に別々の方向へ散る双子。普通の公園では大人一人で安全に見るのが難しく、毎日のように、車が通らず、ただただ広い植物園へ連れて行っては「放牧」していました。そんな二人なので、保育園選びで重視したのは「思いきり外で遊べること」。文京区では貴重な広い園庭と、子ども一人ひとりを尊重し、心を育てる保育に惹かれ、同仁美登里保育園に入園しました。その後、姉妹園の美登里幼稚園へ。保育園よりさらに広く、自然いっぱいの園庭を見て、「この子たちにはここしかない」と思ったことを覚えています。
そして予想どおり(?)、二人は幼稚園で誰より泥だらけの日々を過ごすようになりました。年少の頃は、大きな泥の水たまりに座り込んで、ぱちゃぱちゃ。何かを作るわけでもなく、ただ泥水に浸かり、手で触り、全身で泥の感触を楽しんでいました。お迎えに行くと、頭から足の先まで泥だらけ、鼻からも耳からも泥が出てきます。年中になると、泥の形を整えて昆虫や動物を作ったり、器に泥や葉っぱを入れてお料理したり。バケツで水を運んで川を作り、水の流れをずっと観察していたこともありました。そして年長になった今。泥から生まれた生き物たちから物語が生まれます。「ここはカブトムシくんのおうちで、こっちはアオバセセリちゃん。今日は二人の結婚式なんだよ」。聞いているうちに、泥の塊だったはずのものから、いつの間にか一つの世界ができあがっています。同じ「泥遊び」でも、こんなふうに遊び方が変わっていくのだなと、3年間を通して子どもたちの成長を感じています。
決められたものを上手に作るのではなく、自分で面白いものを見つけて、触って、試して、作ってみる。そこからまた新しいことを思いつき、遊びが広がっていく。そんな毎日の中で育っているのは、想像力だけではないのだと思います。自分の「好き」を見つけ、夢中になり、「これは自分が得意なこと」と思えること。その一つひとつが、子どもたちの心の中に少しずつ積み重なっているのかもしれません。
「泥をすると、自信ができる」
誰かに褒められるためではなく、自分の「好き」を大事にしている次男らしい言葉だな、と思います。泥遊びは、次男にとって自分らしくいられる時間そのもので、いつの間にか自信の源になっていたのでしょう。
子どもにとっては最高の泥遊びですが、親にとっては少々大変なこともあります。毎日のように持ち帰ってくる、二人分の泥だらけの服。パンツも、シャツも、靴下も真っ黒で、ポケットからは大量の砂。洗っても洗っても、なかなか落ちません。お迎えに行って泥に浸かっている二人を見ると、「そうか…今日もか…」と思うこともあります(笑)。それでも、全身泥だらけになって、心から楽しそうに遊ぶきらきらした笑顔を見ると、この幼稚園に入れてよかったなと思います。
その洗濯も、卒園まであと少し。そう思うと、あんなに大変だったはずなのに、少し寂しい気もします。明日もきっと、二人は泥だらけになって帰ってくるのでしょう。残りの幼稚園生活でも、思う存分泥だらけになって、自分の「好き」をたくさん見つけてほしいと思います。きっとその一つひとつが、子どもたちの「自信」になっていくのだと思います。


年長組保護者 Y

